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非淋菌性非クラミジア性尿道炎
数週間前のことです。
お昼前頃、私の診療所に36歳の男性が診察を受けにやってきました。
問診表を見ると、既婚のサラリーマンのようです。
早速症状を尋ねてみました。
「いやぁ、大したことはないんですけど、小便する時、少し尿道が痛みます。尿道のかゆみもあるし、水っぽい物が出てくるので、ちょっと診ていただこうと思って・・・」という訴え。
「それは何時からですか?」
「えっと・・・5日前からです。」
「ふむ。女性との交渉は?」
「実は、2週間前にヘルスにいきました。でもセックスはしてないですよ。」
「口と素股だけだったんですね」
「そうです。」
と、彼は「だからヘルスは関係ない」と言わんばかりの口調で言いました。
「なるほど。ところで、『口は何の元』と言うかご存知ですか?」
「口・・・??」
「『口は災いのもと』と、ことわざにあるのをご存知ですか?」
「はい、もちろん。・・・・えっ!?口だけで!?」
「そうです。あなたも『災いのもと』だったようですね」
「ホントですか?先生!まいったなぁ~・・・」
と、ヘルスでのオーラルサービスが『災いのもと』だったことを知った彼。
そこで診察をしてみると、確かに尿道の口から、漿液性の分泌物がでています。
この分泌物をスライドガラスに塗抹(尿道スミアという)し、グラム染色し顕微鏡で観察してみます。もし、グラム陰性双球菌が認められれば、臨床的には淋菌性尿道炎ということになります。しかし、この彼の塗抹標本には、グラム陰性双球菌は認められませんでした。つまり淋菌はいないことが予想され、とりあえず“非淋菌性尿道炎”と診断し、治療を始めることにしました。
もちろんその前に、尿検査も行いました。淋菌とクラミジア・トラコマティスの遺伝子増幅法検査です。尿検体採取は、最後の排尿より2時間以上たっていることが重要で、なおかつ、排尿のし始めの尿20mlが検体として大切なのです。
採取した尿検体は検査センターに提出し、5~7日後には、検査結果が当クリニックに届く仕組みになっています。
そして1週間後、彼の検査結果が届きました。なんと結果は、遺伝子増幅法検査でも、淋菌もクラミジア・トラコマティスも検出されませんでした。ということは臨床診断は“非淋菌性非クラミジア性尿道炎”ということになります。
つまり尿道炎の犯人(原因菌)が特定できなかったいう結果でした。
警察の捜査に例えれば、これはまるで犯人を取り逃がしたかのような結果と言えるでしょう
か?捜査官(医師)としても、不満が残る結果ですが、保険診療で可能な検査には、残念ながら限界があります。しかし専門的研究施設では“非淋菌性非クラミジア性尿道炎”の原因菌(犯人)を特定することも可能です。原因菌として考えられるのは、ラテン語の難解な名称を持つ“マイコプラズマ・ゲニタリウム”や“ウレアプラズマ・ウレアリティクム”などになります。
実際の診療の現場では、使える検査手法の限界から、時には尿道炎の「犯人」を「逮捕」することはかなり難しいことがあります。でも幸いなことに、“非淋菌性非クラミジア性尿道炎”はクラミジア性尿道炎に準じた治療法で、大多数の患者さんは治療ができます。そしてもし、この治療で効果がなければ、次には犯人として“腟トリコモナス原虫”を疑う必要があるでしょう。これは「捜査官」で
ある、泌尿器科専門医にとっても頭を悩まことの多い臨床的問題といえます。
いずれにしても、今回の彼は無事に治療を終え、健康なセックスができるようになりました。
「捜査官」としても無事に「事件」が解決してメデタシメデタシでした。
投稿者 aids : 13:07
第1回日本性感染症学会関東甲信越支部総会・学術講演会
平成22年9月26日(日) 東京慈恵会医科大学1号館3階講堂において、日本性感染症学会 第1回関東甲信越総会にて学術講演をする機会に恵まれました。 演題は『性感染症の咽頭感染をめぐる最新情報』です。 以下は、その際の講演要旨です。学術講演1.『性感染症の咽頭感染をめぐる最新情報』
宮本町中央診療所 尾上泰彦
『1.はじめに』
臨床医にとって男性の淋菌性、クラミジア性尿道炎の最大感染要因はオーラルセックスであることは周知の事実である。しかしながら、淋菌性・クラミジア性咽頭炎の実態はあまり知られていない。また、口腔咽頭の専門家である耳鼻咽喉科医の性感染症に対する関心度が低いのが現実である。この講演では淋菌・クラミジア感染症の疫学、特徴、咽頭炎の特徴、実際の臨床例、咽頭の検査法、検体採取法の実際、その成績および今後の課題などについて述べる。
『2.淋菌・クラミジア感染症の疫学』
2008年感染症発生動向調査による性感染症の報告数を見ると、第1位はクラミジア感染症、第2位は淋菌感染症である。男性で最も多いのはクラミジア感染症、次いで淋菌感染症である.女性で最も多いのはクラミジア感染症で報告数は男性の2倍以上ある。それに反し淋菌感染症はなぜか男性の1/3以下と少ない。年齢別ではクラミジア、淋菌感染症は男女とも20歳代がピークで女性の方が低年齢化傾向にある。
『3.生殖器淋菌・クラミジア感染症の特徴』
男性の淋菌性尿道は感染機会から約2~7日間の後に急に症状がでる。排尿痛と外尿道口からの黄色膿の排出が特徴である。クラミジア性尿道炎は感染機会から1~3週間の後に外尿道口より漿液性の分泌物を認め、尿道のかゆみ、違和感、不快感などを認める。しかし約50%が無症状である。
女性の淋菌性、クラミジア性子宮頸管炎の約70~80%は無症状である。症状がでると、帯下の増加、黄色帯下、不正出血、排尿痛、下腹部痛、性交痛などを認める。
『4. 淋菌・クラミジアの咽頭感染の特徴』
淋菌性・クラミジア性咽頭炎は他覚的(咽頭の発赤、腫脹など)・自覚的(咽頭の疼痛、イガイガ感など)な咽頭所見をほとんど認めないことが特徴である。生殖器に淋菌性・クラミジア性感染症を認めれば、そのパ-トナ-の口腔咽頭に知らずして淋菌・クラミジアが存在している可能性がある.
『5.淋菌・クラミジア咽頭感染の最大感染要因』
最大感染要因はオーラルセックスの日常化である。
2001年の性行動の全国調査では過去1年間にオーラルセックスをした人は55歳以上では約20~40%、18~24歳では約80%であった。このことは若者ではオーラルセックスが普通の性行動の一つであることを現している
『6. 男性尿道炎の原因菌別の性交形態』
2001年福岡市STD研究会の調査によると、性交形態別に淋菌:クラミジアの原因菌を比較すると腟性交のみでは23.8%:47.9%、オーラルセックスのみでは43.9%:21.0%、両方をした者では32.3%:31.1%であった。このことより淋菌性尿道炎の原因はオーラルセックスが多く、クラミジア性尿道炎の原因は腟性交が多いことがわかる。
『7.生殖器淋菌陽性者に占める咽頭淋菌感染者の割合』
2009年松本哲朗の報告によれば男性は46例中5例(10.9%)、一般女性は73例中43例(58.9%)、CSW(性風俗従事者)は7例中4例(57.1%)であった。
このことより咽頭淋菌感染者は男性より女性に多い。またCSWと一般女性とは同じ程度であり、オーラルセックスの日常化が進んでいることをあらわしている。
『8.診断』
咽頭の淋菌・クラミジア検査法
咽頭の淋菌検査法としては淋菌の培養がゴールドスタンダードであるが、現在あまり用いられていない。PCR(核酸増幅法)は口腔内の非病原性Neisserri属との交差反応があるため咽頭の淋菌検査に適さない。現在、咽頭の淋菌・クラミジア検査法としては核酸増幅法のSDA法、TMA法が保険適用になっている。
検体採取法
検体採取法としてはスワブ法、うがい液法がある。
スワブの狙い目は咽頭後壁の上半分がよい。下半分は咽頭反射が強く、患者に負担がかかる。慣れてくれば扁桃陰窩からの採取も可能である。うがい液法は0.9%生食水15mlで顔を上に向けて「ガラガラうがい」を約20秒行う。スワブより患者負担が少ない。検査手技が簡単。口腔咽頭全体の粘膜上皮と粘膜付着物を採取可能である。
SDA(strand displacement amplification)法による咽頭うがい液・スワブのクラミジア・淋菌検査陽性率
主にCSW 278例に行った成績(17~55歳:平均30.0歳)
淋菌検査(SDA)はうがい液法が11.2%、スワブ法が8.6%。
クラミジア検査(SDA)はうがい液法が5.8%、スワブ法が3.0%。
クラミジア検査(PCR)はうがい液法が6.1%、スワブ法が4.5%。
うがい液法の方がクラミジア、淋菌いずれも陽性率は高かった。
検査成績の特徴
①淋菌・クラミジアに対して特異性の高い核酸増幅法が開発され、咽頭における正確な遺伝子診断が可能になった。
②淋菌の生殖器感染者における咽頭の陽性率は男性26.9%、女性31.6%
③クラミジアの生殖器感染者における咽頭の陽性率は男女共、約30%
④男性は性器の淋菌陽性率が咽頭より高い.
⑤女性は咽頭の淋菌陽性率が性器より高い.
⑥子宮頸管は淋菌よりクラミジアの陽性率が高い.
⑦女性咽頭はクラミジアより淋菌の陽性率が高い.
⑧咽頭検査の陽性率はスワブ法よりうがい液法の方がやや高い.
『9.治療』
治療は日本性感染症学会 診断・治療ガイドラインに沿って行なう。
淋菌性咽頭炎の治療
推奨ランクA:セフトリアキソン(CTRX):静注 1.0g 単回投与
推奨ランクB:セフォジジム(CDZW): 静注 1.0g 単回投与
または2.0g×1~2回、1~3日間
スペクチノマイシン(SPCM)は効果が劣るため使用すべきでない。
高度耐性菌が存在するため内服薬は推奨されない。
2009年より新規抗菌薬としてアジスロマイシン(AZM)ドライシロップ2g(ジスロマックSR)が使用可能となった。
クラミジア性咽頭炎の治療
アジスロマイシン 1日 1000mg×1 1日間
クラリスロマイシン 1日 200mg×2 7日間
ミノサイクリン 1日 100mg×2 7日間
ドキシサイクリン 1日 100mg×2 7日間
レボフロキサシン 1日 500mg×1 7日間
トスフロキサシン 1日 150mg×2 7日間
咽頭感染は生殖器感染よりも治療に時間がかかると報告されている。
2009年よりアジスロマイシン2,000mgドライシロップが使用可能となったが、国内の臨床治験は行われていない。
『10.今後の課題』
・咽頭淋菌・クラミジア感染の病態の解明
・無症候性感染の増加に対するスクリーニング方法の確立
・耳鼻咽喉科医のSTIへの積極的参加
・咽頭感染の疫学調査
・咽頭感染症に関する保険診療の環境整備など。
『11.最後に』
若者の間でオーラルセックスが日常化している現在、口腔・咽頭は「性感染の温床」と化している。困難ではあろうが、もし口腔・咽頭の性感染症をコントロールできれば、STI全般が激減することが予想される。また耳鼻咽喉科医のSTIへの積極的参加が望まれる。
講演ではクラミジア、淋菌の咽頭感染の臨床症例写真を提示いたします。
投稿者 aids : 09:59
アトラスでみる 外陰部疾患 プライベートパーツの診かた
『アトラスでみる 外陰部疾患 プライベートパーツの診かた』著者 : 尾上泰彦 著
出版社名 : 学研メディカル秀潤社
発売日 : 2010年10月1日
販売価格 : 18,900円
B5版、192頁、ISBN978‐4‐7809‐0830‐5
【本書の内容ポイント】
外陰部・鼠径部・臀部など,きわめて個人的な領域,すなわちプライベートパーツに現れた疾患を正確に診断するためのカラーアトラス.他に類をみない、質の高い写真を掲載。性感染症だけでなく,種々の正常像や泌尿器科・婦人科・皮膚科疾患も多数掲載.一般のクリニックでも診る機会のある疾患を中心に取り上げている。
投稿者 aids : 16:12
「むき過ぎ注意!」嵌頓包茎のこと
先月のある日、35歳の郵便局員が私の診療所を受診してきました。
来院の理由を聞くと、「ペニスが腫れて元にもどらない。先生、助けてください!」
と、必死の訴え。
早速、「セックスはいつしましたか?いつから腫れましたか?」と確認しますと、
「セックスは2カ月以上やっていません。腫れたのは3日前からです。
実は自分で、ペニスを少し無理やりにむいてしまいました。
そしたら、元に戻らなくなり、痛みがでてきたんです。」とのことでしたので、早速診察を開始しました。
ペニスを診察すると確かに亀頭をつつむ包皮が腫れあがっています。
亀頭は露出していますが、腫れ上がった包皮で冠状溝が見えない状態に。
一見、なんだか、亀頭が苦しそうにも見えます。
これがいわゆる、“嵌頓包茎”の症状です。
嵌頓包茎は、包皮をむきにくい仮性包茎か、真性包茎の人に起きる病的状態です。
包皮を無理やりにむいて、亀頭部を露出するのはいっこうに構わないのですが、
そのまま放置しておくと、包皮にリンパ液が溜まり、元に戻せなくなる場合があります。
時間をおくと、ますます包皮が腫れ上がり、ペニスが締め付けられ、絞扼状態となります。
露出している亀頭とその襟元が黄色く全周に渡り腫れ上がり、まるで、昔、テレビのCMでかけた『襟巻きトカゲ』のように見えます。
さて、では、これに対してどんな処置を行うかといいますと、
泌尿器科専門医であれば先ず「嵌頓包茎整復術」を試みます。
用手的に腫れ上がった包皮輪を元に戻し、亀頭に被せます。
約90%はこれでめでたしめでたしです。
しかし、絞扼状態によっては、絞扼部位を切開し、整復しなければいけない場合もあります。
貴方のペニスがもしもこうなったら、一刻も早く専門医に駆けつけましょう。
貴方と将来を担う『息子さん』の幸せのために!
また、その前に「むき過ぎ」にも注意してくださいね。
投稿者 aids : 11:43
日本国内のHIV-2感染について
先週、「第4世代HIV抗原/抗体迅速検査」についてご紹介しましたが、今回はAIDSウィルスの中でも「HIV-2感染」について少し詳しくお話しいたしましょう。
AIDSウイルス(=HIV ヒト免疫不全ウイルス)は1型・2型と、タイプが2種類あります。
それをHIV-1、HIV-2と表現します。HIV-1は世界的に感染拡大しているタイプです。
一方でHIV-2はアフリカ型といわれ、特に西アフリカ地域に多いタイプです。
2型は1型と比べると感染力が弱く、発病するまでの期間も長いとされています。
今まで、日本国内ではHIV-2感染者の報告はほとんどありませんでした。
実状を詳しく見てみますと、日本国内では1993年に韓国国籍の2人の感染報告が最初とされています。続いて2002年にHIV検査目的で来日した韓国人男性の感染が確認されています。
さらに2004年には日本滞在中の西アフリカ男性の感染報告がありました。
そしてその後、初の日本人男性の感染者の報告が出てきます。
この日本人男性は西アフリカ滞在中に輸血を受け、その後しばらくして、日本に帰国しAIDSウイルス検査を実施。その結果、HIV-2の陽性が確認されました。2006年9月4日のことでした。
日本人初のHIV-2感染者として、結構マスコミで騒がれましたから、ご記憶されている方も多いかもしれません。
ここまで女性のHIV-2感染者の報告はありませんでした。
ところが2008年に愛知県で、日本女性2名のHIV-2感染者が確認されたのです。
この2人の日本女性(20~30歳)は、海外に行ったことはありません。
もちろんアフリカにも行っていません。
ではどうしてHIV-2が感染したのか。実はこの2人の女性のパートナーが、西アフリカ出身の男性だったんです。つまり、このアフリカ男性と性行為を行い感染したと考えられています。
この日本人女性2人のHIV-2の感染者は、性行為で感染していることから、この後日本国内でHIV-2の感染が性行為で拡大することが危惧されていました。
しかしながら2010年現在まで、HIV‐2の日本国内での感染者の報告は幸いなことにありません。
しかしその実態はわかりません。検査によって事実が明らかになっていないだけで、静かに感染が拡大しているかもしれません。つまり、今後も感染が広がっていく危険性は考えておくべきだということです。
HIV-2の感染力はHIV-1に比べて非常に弱いとされていますが、コンドームを使わないセックスやアナルセックスをすることによって、感染する可能性があります。ですからHIV-1と同じようにHIV-2の感染予防にも充分に配慮すべきです。
AIDSは他人事ではありません。セーフティーセックスを常に心がけておきましょう。
投稿者 aids : 17:06